非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法

 近年、テラヘルツ領域においてビタミン・糖・医薬品・農薬・禁止薬物・プラスッチク爆弾・ガン組織を始めとした様々な物質が固有の吸収スペクトル(指紋スペクトル)を示すことが明らかになり、この指紋スペクトルを利用したテラヘルツ分光法がテラヘルツ計測・分析技術の重要計測手段として期待されている。テラヘルツ(THz)時間領域分光法(THz-TDS)は、THz電磁波パルスを用いた代表的な周波数分光計測法である。THz-TDSでは、まずTHzパルス電場の時間波形を取得し、得られた時間波形をフーリエ変換することにより強度と位相のスペクトル波形を得る。しかしながら、現状ではTHzパルスの時間波形を直接的に実時間測定可能な検出器が存在しないため、機械式ステージを用いた時間遅延走査による相互相関法(ポンプ・プローブ法)に基づいて間接的に時間波形を取得しなければならない(図1及び図2)。すなわち、ピコ秒オーダーのTHz電場時間波形を1つ取得するのに数分前後の測定時間が必要となる。THz-TDSの周波数分解能は測定時間窓の逆数によって決定されるため、機械式ステージを用いた手法では測定時間短縮と周波数分解能向上の間にはトレードオフの関係があった。

図1 THz-TDSシステム

図2 タイミングチャート

我々は、このようなトレードオフを解消する手段として非機械式高速時間遅延走査が可能な非同期光サンプリング法(AOS法)に着目し、これに基づいた光サンプリング式THz-TDS(AOS-THz-TDS)の開発を行っている。測定装置とタイミングチャートを図3及び図4に示す。AOS-THz-TDSでは、繰り返し周波数のわずかに異なるように制御された2台の独立したパルスレーザーを用いる。2台のレーザーをTHz発生用(THzパルス)とTHz検出用(プローブパルス光)の各々に用いると、パルス周期がわずかに異なるので、THzパルス(繰り返し周波数f1)とプローブパルス光(繰り返し周波数f2)の重なるタイミングはパルス毎に自動的にずれていくことになり、非機械的な時間遅延走査が可能となる。この時のサンプリング間隔SS=1/f2-1/f1=Δ/(f1f2)であるので、THz-TDSの周波数レンジFrangeFrange=1/S=f1f2/Δとなる。最大時間遅延(パルス周期)を得るために必要な時間は、両レーザーの繰り返し周波数は1/Δとなる。また、本手法では常に最大時間遅延(= パルス周期)を与えることになるので、周波数分解能はΔによらず常に理論限界値であるモード同期周波数が達成可能である。

図3 AOS-THz-TDSシステム

図4 AOS-THz-TDS法のタイミングチャート

図5は、デジタル・オシロスコープで10回、100回、1000回の積算化処理を施したTHzパルス電場の時間波形(時間窓300ps)を示しており、それぞれの測定時間は100ms,1s,10sである。水平軸の上部はオシロスコープ上での時間軸であり、下部はスケール変換された実際の時間軸を示している。積算回数を増やすことによってSN比が向上している様子が確認できる。図6はパルス周期(=12.1ns)の時間窓で測定されたTHzパルスの時間波形である(1000回積算、測定時間10秒)。この時間波形をフーリエ変換して得られた振幅スペクトルが図7である。比較のため、従来の機械ステージ式THz-TDSにより得られたスペクトル(時間窓100ps,測定時間約5分,周波数分解能10GHz)を図8に示す。両者の比較から、AOS-THz-TDSによってTHz振幅スペクトルが正確に測定できている一方で、従来法に比べて大幅に短い測定時間で理論限界周波数分解能(=モード同期周波数=82.8MHz)を達成できていることが確認できる.

図5 THz電場時間波形(時間窓300ps)

図6 THz電場時間波形(時間窓12.1ns)

図7 THz振幅スペクトル(AOS-THz-TDS)

図8 THz振幅スペクトル(従来THz-TDS)

これらのAOS-THz-TDSに関する成果が日刊工業新聞(2005年3月8日)の第1面に紹介されました。

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